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コンテンポラリー・ジュエリーというジャンルのジュエリーを制作する伊藤まどかさん。石田倉庫No.3の2階にアトリエがあります。手前に見えるのはマネキンの上半身。
「私が作っている作品は、身につける彫刻=ウェアラブル・ジュエリーとも言われています。商業的なジュエリーは流行や時代性があったりしますが、私はそういうものではなく、自分だけが考えて表現できるものを作りたいと思っていて。大学在学中は女性のラインを意識した作品を作ったりしていました。」

「line」(2012)iron/1900×W5300×D605

まどかさんは、高校3年生の夏、武蔵野美術大学のオープンキャンパスで金工の鍛造場を見て「かっこいい」と思い、工芸科への進学を選んだのだそう。そして、鉄を中心に金属造形を学びながら、ジュエリーのジャンルの広さにのめり込んでいきます。
卒業後は、「金属しか知らなかったので、特に鉄以外の素材に取り組む機会が多そうな会社で働きたい」と、CMなどの美術や造形制作を行う会社に入社。はじめは会社勤めをしながら、自分の制作も出来たらと思っていたそうですが、忙しい毎日に追われ、自分の時間はとても持てず、さらには、学生の頃からの腰痛悪化。これを機に、自分のやりたいことを改めて考え直しCM会社退社。「自分の力量と状況を考えてゆっくりゆっくり制作ができる環境を作りたい」と、アトリエを構えることにしたそうです。

[左]「bone」(2011)copper, cloth, imbroidery thread/H900×W400
[右]「流れ る」(2010)iron, stainless steel wire, solder/H620×W330
アトリエを構えるにあたって、金属を叩く音は大きく、もちろん自宅は無理なので、大学の教授に相談したところ、金工の会社でシェアスペースの机が空いているという話を聞き、さっそくその会社に連絡。その会社の社長さんに相談したところ「君みたいなタイプは、一人で作業するよりもいろんな人と関わりながら制作できる環境が向いている」とアドバイスを受け、石田倉庫を薦められたのだそうです。「金工の先輩もいらっしゃるし、実際、とても居心地のよい場所でした。」

指輪のスケッチと作品。「わたし、指輪が好きなので、
たくさんスケッチしています」とまどかさん。
石田倉庫にアトリエを構えてからは、絵画教室の講師を2年ほど務め、子どもたちの制作に関ります。その中で、「自分の制作物は白黒が多かったのですが、子どもたちの色彩豊かな感じを見て『ああ、わたしもこういうワチャワチャした感じ好きだったじゃん』って思って。それで、カラフルで金属とはまったく性質の異なる“和紙”という異素材での作品づくりを思いついたんです」

「カミアソビ」(2015)sliver,18-karat gold plating,Japanese paper,art paper
現在はジュエリー会社に転職。仕事では商業的なジュエリーに関わりながら、休日は自分自身の作家活動を行う日々。「作り続けていきたいという軸が自分の中でブレずにあれば、たとえゆっくりでも、続けることが大切なんだという言葉を尊敬する先生から常に教えられてきたので、自分のペースを大事にしてこれからも自分の表現を挑戦して作り続けていきたい」と語ります。

「私のジュエリーは、普段使いはできないかもしれませんが、何か特別な時にこれさえ身に纏っていれば、堂々と晴れやかな気分になれる、そんな作品です。ぜひ、見にいらしてください。」

伊藤まどかさんのホームページ
http://www.itomadoka.com


「カケラ」(2012)iron, mirror, cashew
(文責:小林未央)




- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - - 
絵画のいたしおりさんと一緒に作品展示を行いました。
















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赤ビルの2階の一室を、粟津夕貴さん、竹下千尋さんと3人でシェアして、アトリエを構えている保谷さゆりさん。白い机の上にはパステルカラーの色とりどりの作品が並んでいました。

「仕事をしているので、休日くらいしかここで作業出来ないのですが、石田倉庫に来ると安心するんです。いろいろなかたがそれぞれ制作をしていて、みなさんが居らっしゃると思うと。」
保谷さんは大学では銅版画を勉強し、卒業後は雑貨の商品企画の会社に就職しましたが、商品の企画から製品化までその一連のサイクルが早すぎて疑問を感じ、退職。いまは、事務職のOLをしながら、絵画制作を続けています。

「6月~ゼリーとソーダ~」(2011) F30号パネル 透明水彩・ボールペン
「大学のころは、銅版画でエッチングなどの技法を勉強しました。版画というと白と黒での表現が多いのですが、私は白黒のベースに水彩で色を着けるのが好きでした。今は、銅版画ではなく、木製のパネルに下地を塗って、透明水彩で描く方法で制作をしています。」

パレットってきれいで、見るのも、塗るのも好きです。と、絵筆をとる保谷さん。

子どもの頃から絵本が好きだったという保谷さん。描くモチーフは、夢で見たような知らない景色や、映像なのに匂いを感じるような感覚、見たことがないのに見たことがあるようなイメージなのだそう。「子どもの頃から家に絵本がいっぱいあって。絵本が好きだったから、絵が好きになったのか、絵が好きだったら、絵本が好きだったのか、どちらかしら。」

「社会に出て、転職をして、自分の毎日のくらしが安定するまで、大きいものを描いては描きかけて、ストップして。また描いて。その繰り返しだったんです。それで、少し落ち込んだりしていたんですが、やっぱり絵を描きたいなって思って。最近になって、小さいものから始めたら、また描きたい気持ちが強くなってきました。」

「天気雨」(2013) F50号パネル 透明水彩・色鉛筆 (現在加筆中)


冒頭で「石田倉庫に来ると安心する」とおっしゃった保谷さんですが、実は、同じく石田倉庫でアトリエを構える塩川岳さん、宮坂省吾さんは、予備校時代の先生だったとのこと。大学へ行き、社会に出て、また石田倉庫で再会。「絵を続けてきたから、いまここでこうしてお世話になった先生がたにも再会できました。」

 [左]「ピクニック」 2013年 A4画用紙 透明水彩・ボールペン
[右]「にわとりの王様」 2009年 A4画用紙 透明水彩・ボールペン
「やっぱりなんでも『続ける』って大事なことなんですね。続けてるといいことありますよね。」と、ご自分に言い聞かせるようにおっしゃった保谷さん。「OLをして絵を描かずに普通に暮らそうと思えば、暮らせるんです。でも、やっぱり好きなことを突き詰めて、描きたいし、描き続けたい。ただ、OLの仕事は暮らしを安定するために必要ですし、安定しているから描き続けられます。これが、わたしの制作スタイルなんだろうなって思います。」

つい最近、実家で飼っているうさぎをモデルに、お母様が物語を書いたそうで、保谷さんがその絵を描き絵本にしようという話が出たそう。子どもの頃、絵本がいっぱいあったのは、こんな素敵なお母様がいらっしゃったからなのですね。「母が作った物語に私が絵を描いたら、母も喜ぶでしょうから。」いちばん身近な人を幸せにするところから制作が始まる絵本―。保谷さんご自身にも素敵な物語が始まります。


保谷さんのホームページ
http://houya-sayuri.jimdo.com
(文責:小林未央)




- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - - 
 





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「このアトリエを借りるのに、10年かかったんですよ。」そう笑いながらおっしゃった松瀬勇樹さん。普段は金融関係のサラリーマンをなさっており、仕事帰りの夜間、もしくはお休みの日にアトリエに来て、絵画制作をなさっている石田倉庫のメンバーの中でもちょっと変わり種のアーティストです。

石田倉庫に初めて来たのは、26歳の時。アメリカの大学でファインアートを専攻し、ペインティングやドローイングなどを学んだ後、日本に帰国。絵画制作ができるアトリエを探していた時に、自宅から比較的近い石田倉庫のことを知り、立ち寄ってみたのだそう。
「その時、大家さんのご両親が対応してくださったのですが、今は空きがないから、空いたら連絡するとおっしゃって。その日は、縁側でお茶を頂いておしゃべりただけで帰ったんです。」

そこから10年経っても連絡はなく、ふと37歳になった時に思い出し、それからは、ほぼ毎週末石田倉庫に様子を見に足を運んでいたのだとか。「この“倉庫”の感じが好きなんですよ。」
そして去年、ちょうど今のアトリエの部屋が空き、晴れて念願かなって入居できたのだそうです。

「無題」(2015年9月)/oil on panel


「アトリエには、作品づくりに来てるはずなんですけどね。ほら、仕事が終わってから来るでしょう。お腹空いちゃったな、何か作ろうかなって。料理とかしちゃうんですよ。で、材料とかこだわっちゃうんで買い物にも時間かかっちゃって。料理が出来たら、アトリエにいらっしゃる他のかたをお招きしたりして、なかなか制作が進まなくって。何しにアトリエに来てるんだって話ですよね(笑)」

松瀬さんのシャポー(帽子)にビーチサンダルのファッションも気になるところ。もしかすると相当なお洒落さん?「ビーチサンダル。そうそう、サーフィンが好きなんです。昨日も海に行ってたんですけどね。ビーチサンダルって便利なんですよ。」なるほど、アトリエの壁にも作品と同様、サーフボードやスケートボードが立て掛けてあります。

「ファッションで言うと、大学卒業後すぐに、アパレルで起業したりしたこともありました。洋服とか好きなんですよ。でも、売れませんでしたねぇ(笑)。帰国してから、アーティストの仲間とzineやフリーペーパーも作ったりしていました。」
大学ではARTを学んで、アパレルとITで起業、そして今は金融関係の会社にお勤めしながら、アトリエを構えて絵画の制作をしたり…。サラリーマンとアーティストという一見、結びつかない両極端な二足のわらじ(ならぬビーチサンダル)を履いている松瀬さん。

「無題」(2015年9月)oil on panel
「Mama, You're a Knock Out」は、女性に対する褒め言葉なんですよ。と松瀬さん。
日本語に訳すのは難しいなぁとのこと。「しいていうなら、“マブイ女”かな。」


「子どものころ、銀行マンだった親が休みの日に公園に絵を描きに行っていて。自分もよくそれについていってましたね。子どものころから絵を描いたりするのは好きでしたよ。」

お話をお聞きしていると、ライフスタイルの中にごくごく自然に「ART」があって、他の趣味とも交差しながら、仕事と好きなことを両立させて、謳歌なさっている様子が伝わってきます。
“artist”というよりも、どこか“cityboy"という言葉がぴったりの雰囲気なのもうなずけます。

「無題」(2014年8月)oil on panel


「この作品、2枚で一組の作品なんですが、右の絵、香水のボトルみたいでしょう?実は、大音量で響いているアンプの絵なんです。分かります?振動で揺れているんですよ。こちらの左の絵は、音がうるさくて耳を塞いでいる若い女性です。」
作品の言葉選びや、ひとひねりあるモチーフや表現も、ウィットに富んだ都会的な印象です。


「そういうわけで、実はまだあまり作品を描いていなくって。」今年のアトリエ展では、アトリエでの作品展示の他に、窯焼きのピザ屋を出店するそうです。
松瀬さんのアトリエは、1階が木とりさん作業所のNO.5、2階にあります。ピザは1階のバーの外に出店予定とのこと。ピザもきっと素材や生地などにもかなりこだわった逸品になるのでしょうね。当日が楽しみです。

(文責:小林未央)
- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - - 
作品展示の他に、窯焼きのピザ店を出店しました







石田倉庫にアトリエを構えて 29年。群馬直美さんは、原寸大の葉っぱを精密に描く「葉画家(ようがか)」です。アトリエには、制作中のモデルの葉っぱや野菜、それらを描くために撮った写真、テンペラの顔料のボトルが並んでいます。群馬さんの描く葉っぱは特別珍しいものではなく、身近な街路樹や道ばたに生きる植物。同じ葉っぱでも大きさや形、色合い、虫食いなど、一つとして同じものがありません。群馬さんは、それらをありのままに、ていねいに時間をかけて絵にしていきます。

2014年6月14日 辛み大根
立川駅北口のそば屋「無庵」店主竹内さんより頂く
1.21収穫紙(アルシュ極細)/テンペラ
size:460㎜×610㎜

今から 34 年前。群馬さんが、大学3年生の時のことです。全身に無数のカラフルな目を埋め込んだ、ふくよかで巨大な女性の立体像を制作しました。自分としては、“世界で一番美しいもの” を作り上げたにもかかわらず、それを見て恐れのあまり泣いてしまった子どもがいたのだそうです。この出来事で群馬さんは、創作もできないくらい大きなショックを受けました。
「自分が思ったことが人に伝わらないなんて―。ひょっとして私の感覚は、世の中とズレているのかな…。」

自分自身の中で問いかける日々が、3カ月続きました。冬の終わりのある日。いつものように鬱々とした頭で、倒れそうになりながらジョギングをしていた時のことでした。ふと見上げた街路樹の枯れ枝に芽吹いた、新緑の輝きに、ハッとしたそうです。「心の奥深くに、その美しさが染み入ってきました。ぐるぐる回っていた問いかけも、ぴたりと止みました。ああ、この美しさを伝えたい。今、私が味わったこの感覚をみんなに伝えたい、と思い、その日から葉っぱをテーマにした創作が始まりました」。

そして、初めて制作したのが、この絵。芽吹きたてのヤマブキの葉で描いた、葉っぱの幾何学模様作品です。「子どもが怖がって泣いた作品は、いろんな素材や技法を駆使していたので、私を深く癒してくれた葉っぱの輝きは、“誰でもできるシンプルなやり方” で表現したい、と思ったのです。」かたわらに転がっていた筆ペンを手にし、 魚拓のような要領で葉裏を黒く塗り、紙の上に置いて、葉脈の感触を確かめながら、 指でこすり紙に写し取っていきました。

1980年4月頃 山吹 紙/筆ペン
size:334mm×237mm

こうして、葉っぱを題材に作品を作り始めてから10年程経ったある時、群馬さんにある言葉が舞い降りてきました。それは「この世の中のひとつひとつのものは全て同じ価値があり光り輝く存在である」というもの。これを「葉っぱの精神」と名付け、「1枚の葉をありのまま、見たままに描いたらどうだろう? 」と思い、紙に油絵の具で描いてみたそうです。気がつけばその数、1カ月で300枚。油絵の具では細かい描写が出来ない壁にぶつかり、より緻密な表現ができる技法はないかと思っていた時、知人からのアドバイスで “テンペラ技法” と出会いました。

1991年5月22日 ドクダミの葉っぱの表と裏
アトリエ階下の茂みにて 板/テンペラ size:223㎜×275㎜

テンペラは西洋画の古典的な技法ですが、数百年前に制作された作品も現在でも鮮明な色彩を保っ ているほど、経年による劣化が少ない技法。群馬さんが初めて描いたのは、石田倉庫のアトリエの 1 階にいつも足下にあったハート型の葉っぱ、どくだみです。「はじめは名前も知らなかったんですが、 かわいい葉っぱだなってずっと気になっていて。自分の足元を見つめるつもりで描きました。」

群馬さんの描く絵は、一瞬写真かと思うくらいに緻密です。「それなら写真でいいんじゃないか? って、思ったりもします。でも、採取した葉っぱは、やがてしおれて朽ちてしまいます。それは、私も同じこと。時間と労力をかけて描き写すことで、作品の中で “永遠の命” を得ることができるんです。葉っぱも、私も―」と群馬さん。 たとえば同じ大根でも、写真で見るよりも、群馬さんが 5 ヶ月かけて描いた大根の絵を見たほうが、 不思議なことに細かい部分に目がいきます。変色した葉っぱ、葉脈、虫食い、しみ、細く伸びた根っこ。これは、群馬さんが感じ捉えた1つ1つの「輝き」が、作品を通じて私たちの心に届いた証です。

群馬さんのアトリエの棚と机。顔料のボトルが並ぶ棚。
部位ごとに撮った写真とパレットが並ぶ作業中の机。

「30 年もずっと葉っぱばかり描いていると、正直、このままでいいのかなって思ったこともありました。そんな時に、また、街路樹に目がいったんです。街路樹って、自然物でありながら人工的であったりもするじゃないですか。その中途半端さに惹かれ、東京中の街路樹を訪ね歩き、描いて、わかりました。みんなどんな環境であれ、一 生懸命生きてるんですよね。ああ、私も今のままでいいんだって。」

2005年より、世田谷美術館の「美術大学」を皮切りに、葉っぱワークショップ活動も開始しました。34年前に初めて描いた “誰でもできるシンプルなやり方” を今度はみなさんに教えていらっしゃるそう。大人も子どもも絵を描けない人も、その魅力にはまっているそうです。「やっぱり、無駄なことなんかないんですね。」

「公園文化 WEB」サイトでアートコラムも執筆したり、書籍の出版も行っている群馬さん。群馬さんの「葉っぱの精神」は、作品を通じて、見る人の心へと伝わり、わたしたちの心でまた新しい光りとなって輝きます。

群馬さんのホームページ(木の葉の美術館)
http://www.wood.jp/konoha/
公園文化WEB(アートコラム連載)
http://www.midori-hanabunka.jp/gart1

群馬さんの書籍
「言の葉 葉っぱ暦」(けやき出版)http://www.keyaki-s.co.jp/hap-untitled.html
「街路樹 葉っぱの詩」(世界文化社)http://www.sekaibunka.com/book/exec/cs/07236.html
「群馬直美の 木の葉と木の実の美術館」(世界文化社)
http://www.sekaibunka.com/book/exec/cs/14235.html

1996年 文字絵「葉っぱの精神」
紙/透明水彩・アクリルガッシュ size:650㎜×570㎜
(文責:小林未央)
- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - - 
作品展示とともに、ダンス公演の写真も展示しました。










2015年4月から新しく入居したギター職人Barnaby Ralph(バーナビー・ラルフ)さん。天気のいい日には住まいのある西荻窪から往復2時間かけて、石田倉庫のアトリエにいらっしゃるそう。わざわざ立川まで!と驚くと、「わたしの家にはテレビがないから。一般的に人は2時間テレビを見るそうです。その2時間をわたしは有効活用してるんですよ。」とのこと。言葉の選び方、話し方がとても面白くて、思わずお話に引き込まれてしまう、不思議なかたです。

バーナビーさんのギターは、ボディもアンプも全て手づくり。
それもそのはず。バーナビーさんは、成蹊大学の文学部英米文学科の准教授をなさっていて、専門は修辞学と哲学、普段は大学で教鞭をとる先生なのです。「ごめんなさい。わたしの日本語はあまりよくなくて。」と日本人並に謙虚におっしゃいますが、お話の主要な部分はアトリエの入居者である松瀬勇樹さんに通訳に入って頂きながらも、とてもていねいに真摯に、時折ユーモアを交えて、お話をしてくださいました。

バーナビーさんがギターを手づくりするようになったのは、5〜6年前の40歳のとき。どうしてギターを作るようになったのですか?と聞くと「ミッドライフ・クライシス(中年の危機)ですね。多くのこの時期の男性は、高級スポーツカーを買うか、不倫をするかを選ぶそうですが、スポーツカーは高価ですし、不倫はたいへんですし。それで、わたしは安上がりなギターづくりを選びました。」と、これまた、冗談まじりなお返事。

まるでなぞなぞを解くようにお話を聞いていくと、実はバーナビーさん。日本にいらっしゃる前は、ウィーンでクラシックのフルートやリコーダーの奏者として活躍なさっており、音楽歴12〜35歳のプロのクラシック演奏者だったそうです。「クラッシックの世界はアスリートの世界。毎日何時間も練習しなくてはならなりません。でも、ギターはhobby。そして、ギターづくりは仕事のkick back。わたしにとって一番リラックスできる時間なんです。」

漢字が好きだというバーナビーさん。ギターのネックに埋め込まれた貝製の“徳”の文字も自筆。屋号“James Ralph”は、リスペクトしているバーナビーさんのお父様の名前。

とにかく手づくりにこだわっていて、ボディもピックアップもエフェクトも全部バーナビーさんの手づくり。「父も趣味で木工をしていて、とても真面目なクラフトマンでした。いま、わたしが持っている知識は、父から色々と教わってきたものばかり。父が亡くなってから、初めてそのことに気がついて、父の存在をリスペクトするようになりました。だから敬意を払って、屋号を父の名前であるJames Ralphとしたのです。」


作ったギターはどこで買えるのですか?と聞くと、「主にFacebookやオンラインフォーラムで関心のある人に販売しています。そして、作ったギターは全てチャリティで、ギターを買った人の評価で値段を決めてもらい、その金額をVDCA(VOLUNTEER DEVELOPMENT CHILDREN'S ASSOCIATION)を通じてカンボジアの子どもたちに寄付しています。わたしはギターを作って、買った人はギターを楽しんで、そして子どもたちのためにお金が使われる。お金をそのまま寄付するよりも、みんなが幸せで、自分の気持ちもいいのです。」

バーナビーさんのYouTube「TomboLP」チャンネル
作るのには時間がかかるのでたくさんは作れず、いまはチャリティーのみですが、ノミとカンナを使っての電動機械を使わずに仕上げるギターメイキングや、実際にバーナビーさんが作ったギターで演奏している映像は、YouTubeでも見ることが出来ます。

また、アトリエ展では、ギターの試奏やバーナビーさんと友人によるライブもあるそうです。興味のある方はぜひ、知的ユーモアたっぷりの気さくなバーナビーさんに会いに、アトリエ展にお越しください。


バーナビーさんのYouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UC1PgN937SQNGGqTv33iNNfg
(文責:小林未央)

- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - - 
ご自身のギターでライブを行いました






「わたしたちの写真は撮らなくてもいいわよ」と、遠慮なさるところを、では小さく写るように撮りますと、倉庫スロープ下の赤いドアの前で並んだところをパチリ。写真右から、石田菊江さん(常務取締役)、高章さん(代表取締役)、幸枝さん(高章さんの奥様)。石田倉庫の大家さんである石田産業有限会社のみなさんです。

石田産業の前身である立川機械製作所がこの地に設立されたのは1927年。創設者は現代表取締役である高章さんの祖父吉蔵さん。戦時中はこの一帯は軍需工場で、立川機械製作所もその一端を担っていたそうです。戦争が終わり工場も閉鎖。厳しい時代を経た1961年に、高章さんの父である隆一さんが、井戸工事や地質調査を中心にボーリング事業を展開する石田産業有限会社(石田ボーリング)を設立。

[左]初代社長石田吉蔵さん。秋田から上京し立川機械製作所を設立
[右]その当時の社屋
終戦後の軍需工場の跡地は、「米軍ハウス」とよばれる米軍兵士たちの住居や、貸し倉庫、アパート等に替わり、さらに、米兵たちが母国に帰ってハウスが空き家になると、芸術家や美大生、芸術家を目指す若者たちが住むようになったのだとか。隆一さんは、そんなお金のない芸術家たちの生活を見て、「夢をかなえてやりたかった」と、1983年頃から石田産業の倉庫をアトリエとして安価で貸すようになったのだそうです。

アトリエ展で手品を披露する在りし日の隆一さん。
隆一さんについてはこちらもどうぞ「手品するおじいさん」


それから30年以上経った今、近くにあったアパートは火事で消失、芸術家たちの住んでいたハウスも取り壊されて、時代も変わり周辺の景観は変わってしまいましたが、石田倉庫は変わらず芸術家たちの活動を支援しています。
アトリエの方々はもちろん、地域の信頼と人望の厚かった隆一さんは、2014年の春、永眠。2015年現在は、不動産業を中心とした事業を展開。隆一さんの遺志を継いでアトリエを見守っているのが、高章さんをはじめとするこの石田家のみなさんです。

実は、そんな石田家のみなさんも、クリエイティブ一家。毎年アトリエ展にも作家として参加しています。「おやじ(隆一さん)の趣味が手品でね。アトリエ展では毎年手品を披露してたんですよ。2014年のアトリエ展では、アトリエのみなさんが亡くなったおやじのことを偲んで『てのしなしな』(=手品)をテーマにしてくれて。うれしかったよね。」

[左]高章さんのアトリエ[右]ボトルアート。
曲がったり膨らんだり、まるでビンに命が宿ったよう。
そして高章さんも、「石田倉庫の芸術家の方々の影響もあってね、自分もなにかやりたいと思って。たまたま好きでコレクションしていたコカコーラのボトルを、吹きガラスの工房でふくらませてみたら面白くなって。作品を飾ってたら売って欲しいって言われて、出品するようになったんだよね。」というボトルアート作品を出品しています。さらに高章さんは、地域の運動会やお祭りがあると、やきとりを焼いて振る舞う「やきとり」名人でもあり、アトリエ展では、毎年屋台「やきとり たか」を出店。2日間で4,000本が完売する人気店となっています。

菊江さんのミシン刺繍の作品。
左のゾウさんは友人へのプレゼント。
また、高章さんの母菊江さんも多才。着付教室の師範講師をしつつ、「ひまわり工房」というミシン刺繍をはじめとする手芸教室も行っています。「手芸が好きでね。色やモチーフを考えて刺繍をするのがとても楽しいのよ。ボケ防止にもなるしね。バッグとか色々作って人に差し上げているの。」

幸枝さんの作品。[左]赤毛のアンのミニキルト(未完成)2015
[右]ワークショップで制作予定のイチゴ

高章さんの奥様幸枝さんは、「実は私も女子美出身で。子育てが一段落したので、何か始めようとおもって、パッチワークをしているんです。アトリエ展でも、お子さまもできるような簡単な手芸ワークショップを開催する予定です」と、かわいいイチゴのアクセサリーを見せてくださいました。
菊江さんは駐車場前のNO.5の1階、幸枝さんは赤ビルの3階で毎年出店なさっています。

「ぼくたちもね、このアトリエ展を毎年とても楽しみにしているんだよね。地域の人や知り合いもたくさん来てくださるから、来るみなさんに楽しんで頂きたいしね。」と、石田倉庫のアトリエ展は、大家さんである石田家のみなさんも、大活躍のイベントなのです。
何と言っても、大家さんと入居者が一丸となって開催するアートイベントは、他の地域では類をみない素敵なイベントです。今年も、来年も、これからもずっと、みなさんの夢と志が未来へと続きますように。

アトリエ展での出店のようす。
「8年越しのタレも言うならば“アート”かな(高章さん)」
石田産業株式会社のホームページ
http://www1.ttcn.ne.jp/ishi-san/
(文責:小林未央)
- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - - 
 










「スプーンからお店まで」。これは、2014年3月に国立市谷保のギャラリーcircle [gallery & books]で開催された関田孝将さんの個展タイトルです。このタイトルのとおり、関田さんは生活の中で日々接することの多い暮らしの「道具」や「家具」、そして「空間」づくりまで、幅広い作品を手がける造形作家です。

関田さんは大学を卒業後、造形の仕事をしつつ、学校で学んだ「鍛金」の技術を活かし、机一つのスペースで銅板を叩いて作れる、スプーンのような小物づくりから始めたそう。「当時はまだ珍しかった地方でのクラフト展に、作品を持って行ってみたら、初めての出店で売れたんです。」
これがきっかけで各地のクラフトマーケットなどへの出店が始まりました。こうした出店が増えることで、商品を展示するための陳列棚も必要になってきて、什器類も制作。さらには、この出店での什器を見て、お客様から家具のオーダーも入るようになって、スプーンから家具や什器へと制作の幅が広がっていきました。そして、机一つでは手狭になり、2004年に石田倉庫へ入居することに。

関田さんの作ったスプーン、マドラー、そしてバターナイフ。
銅製のヤカンや鍋。座銅は熱伝導が良く、あっという間にお湯が沸くそう
関田さんの作品は、素朴でシンプル。丁寧に鍛金された作品は、新しいのにもう何年も使い込まれているような温かみと経年美があります。そして、どこか愛嬌があって愛着がわいてくるようなフォルム。「ぼくが作るのは、大量生産できる工業製品と、コストがかかる工芸作品との間にあるもの。効率よくできて、しかも、手でないとできないもの。ぼくは、古いものや古道具が好きなので、古い要素を取り入れた新しいもの、初めて出会うのにどこかなつかしい。そんな、既にある空間にすぐに馴染むようなものを作りたいんです。」
ゆっくりと、言葉を選びながら話す口調やご本人のキャラクターが、作品の雰囲気にも重なります。

「犬と共に生活すること」を体現したショップ Milokの什器
[左]角度可変式の靴棚[中央]ノックダウン式の棚[右]ハンガーラック
「2007年頃、ぼくは国立市の大学通りにあった古い平屋群に住んでいて。その一角にあった『テラバヤシ設計事務所』さんが土日にイベントを開いたりして、よく人が集まっていました。それがとても楽しくて。その平屋が老朽化で取り壊されることが決まってから、壁を抜いたりカウンターやデッキを作ったり、思い切り改装をして最後の1ヶ月はほぼ毎日お店のようにしてイベントをやっていました。もともと利佳ちゃん(関田さんの奥様)はいつか人の集まれる場を作りたいと思っていて、僕もアトリエとは別に集まったり発信したりできる場所も欲しかったので、これを機に自分たちのお店を作ることにしたんです。」スプーンから家具、家具からお店へ。こうして、2014年には住居兼お店でもある『ラマパコス』が誕生しました。

関田さんのワークショップ風景 [上]高知市terzo tempo(2011)
[左下]石田倉庫アトリエ展(2013)[右下]国立市circle [gallery & books](2014)
最近では、展覧会や出店などのほかにも、熱した鉄をつぶして形をつくる「鍛造」や、アルミをたたいてお皿を作る「鍛金」のワークショップなども行い、活躍の場をますます広げている関田さん。実は、今年のアトリエ展のまとめ役である代表も務めています。「ぼくは代表といっても、アトリエのみなさんの意見をまとめて、たのしくできるようにしているだけですが…(笑)。イベントをやることで、石田倉庫を借りている他の作家さんとのつながりができました。またイベントには、新しいお客さんや、業者さんやギャラリーなどのプロのかたもたくさんいらっしゃいます。今回で12回目のイベント。今年もたくさんの方々に来て、つながって、たのしんでいただきたいですね。」

谷保のお店『ラマパコス』にて。写真家の奥様利佳さん、愛娘こまねちゃん。アトリエ祭では仲間達と飲食屋台を出すお二人。「作品、料理はあくまでもツールであり、みんなが楽しく集まれるたまり場みたいなものが作れればと思います。」とのこと。
関田さんのホームページ
http://sekita-w.com
(文責:小林未央)


- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - - 
ご自身の展示の他に、お仲間と一緒に無国籍料理の出店をしました











石田倉庫のスロープ下に並ぶ赤い扉。そのうちの一つ、ドアの上にヨーロッパの街にあるような鉄製の看板が出ているのが、島内聡士さんのアトリエです。看板には、「heat trick — magical metal works」という文字があります。

「金属って、固くて扱いにくい素材でしょう。ぼくらは、そんな素材からなんでも作り、形にするんです。一枚の金属の板を叩いて形にする、やりにくさがあるからこその面白さと楽しさ。金属造形って、本当にtrick やmagicなんですよ。」

アトリエの中に入ると、作業に使う様々な道具が整理されて壁に並び、シルバージュエリーショップのような雰囲気。並んでいる道具も作品のように見えてきて、思わず見入ってしまいます。
「おしゃれなアトリエですね」と言うと、「道具そのものが形が面白くて格好がいいからですよ、きっと。これなんか、昔の鍛冶屋さんみたいな道具でしょう。金属に当てて叩いて成形する時に使う道具なんですが、ぼくたちは、こういう道具も自分で作るんですよ。」と教えてくださいました。

[左]アトリエのドアにある看板。これも島内さんの作品。
[右]アトリエの中、作業台のディスプレイも作品のようなしつらえ
大学在学中の2011年からアトリエ探しをし、大きな道具は設備が充実した学校でしか作れないからと、道具を作りながら卒業後の準備をしていたという島内さん。2012年から石田倉庫のアトリエに入居し、作家活動を行っています。
「生きているもので一番身近にあるものが人体。2009年、大学3年生の時には、自分の腕をモチーフにした作品を作りました。人体という金属からかけ離れたものをただの金属から作ってみたくて。まず親指から始めて、金属板を叩いて叩いてつなげていって、形にしていきました。」

「process」w500×h400×d150(2009)
粘土のようにつけたり、彫刻のように削って作るプロセスと違い、金属は全部つながっていないとならないので、どこをどうやってつなげよう、どこから始めようと考えながらデッサンやラフを描くそう。一枚の金属を熱し、たたき、伸ばしたり曲げたり、溶接したりしながら形にする作業は、出来上がった完成品を見れば見るほど、気が遠くなるような作業に思えてきます。

「vanishing point」w200×h300×d200(2013)
「せっかちだととても出来ない作業でしょうね。」と言うと、手のひらの上でコップを転がしながらこうおっしゃいました。「いえいえ、逆なんです。せっかちじゃないと鍛金は出来ません。いつまでも時間かけて叩いているだけでは形にならないでしょう?自分が形にしたいイメージを思い描いたら、どうしてもその形にしたいという強引さも必要なんです。今はこれくらいのコップは半日で作れますが、学生の頃は2週間もかかっていたんですよ。叩いて形にするにはどうやったらいいんだろう?なんの道具を使ったらいいんだろう?って考えて。教わったり、とにかくやってみたり。」

2014年のアトリエ展出店風景。
ジュエリーやランプ、帽子用のディスプレイなどを展示販売
ポートレートを撮らせて頂こうとしたら、真っ先に親指を立ててスマイル。誠実で丁寧な話しぶりの中にも、時折茶目っ気たっぷりの素顔がのぞきます。金属造形の道にすすむきっかけは、高校生の時にお母様にすすめられて通った「彫金教室」だったそう。2014年のアトリエ展も、鍛金による作品だけではなく、彫金による指輪も出品。たばこの煙をくゆらせるおじさんシリーズは、とってもユニーク。今年はどんな展示になるか、楽しみですね。
(文責:小林未央)
- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - - 







「東京オリンピックの年には、すでにあった」とも、「昔、小麦粉倉庫だった」とも、人は言う。ここが、我らのアトリエ、石田倉庫だ。
 石田倉庫は、1本の樹みたいだ。ふさふさ茂る木の葉みたいに、いろんな能力に長けた人たちが、大勢、集まっている。

 ある日、木とり山上さんがひらめいた。アトリエ中を小鳥のように飛び回り、みんなに呼びかけた。
「アトリエ展をしよう」。
 こうして、「石田倉庫のアートな二日間」がはじまり、今年で10年を迎えた。

 アトリエ展には、大家さんである石田さん一家も参加して、大いに盛り上げてくださった。この4月に他界された石田隆一会長(石田倉庫をアトリエとして貸しはじめた人物。創始者)も、いつも楽しい手品を披露してくれた。種が丸見えの手品に、大人も子どもも、大喜びだった。
 石田会長は、母屋の外に並べたテーブルで、よく、手品の種を仕込んでいた。
「老人ホームのお年寄りたちに見せると、とても喜ぶ」
と、自身も充分老人なのに、ニコニコしながら準備していたのを思い出す。
 バス通りに面したマンションは、その昔、木造二階建ての洋館づくりのアパートだった。四畳半をたくさん寄せ集めたつくりで、西側部分は運送会社の事務所になっていた。入口には大きなスズカケノキ。その木の下に、アトリエ唯一の水汲み場があった。

 私は毎日そこで絵筆を洗いながら、会長さんが身寄りのないおばあさんを母屋の離れに住まわせたり、父親を亡くしひとりぼっちになってしまった居住者の、知的障がいを持つ娘さんのために、小さな家を建てて住まわせてあげたりする様子を垣間見て、
「なんてエライ人なんだろう」
と胸を熱くした。

 随分と家賃を滞納したアトリエ住人もいた。そんな時でも、
「毎月こつこつと返してくれているからね」
と笑いながら語っていた。

私が葉っぱを描いていると知ると、旅行で訪れた世界各国の葉っぱをお土産に持ってきてくれた。
 極めつけは、私のかなりアブノーマルな即興ダンスに感動し、「富士見町の文化祭で踊らないか」と声を掛けてきたこと。地元の人たちが大勢集まる会場で、思う存分のたうち回りながら踊ったら、とても嬉しそうだった。

 このように、訳の分からないものも受け入れる許容範囲の広い人だったからこそ、石田倉庫アトリエは誕生し、30年以上も在り続けているのかもしれない。

 そういえば、NHK総合テレビで石田倉庫アトリエから全国へ生放送をしたとき、
「なぜ、アトリエとして安く貸しているのか?」
との問いに、
「夢まで奪ったら、かわいそうだからね」
と石田会長は即答していた。

 石田倉庫アトリエで、私は身近な葉っぱの絵を描き続け、夢を叶えてきた。私にとって石田会長は葉っぱ同様身近な存在だった。
 だから、私の中にある石田会長の記憶を、葉っぱを描くように、ここに記すことにした。
 感謝を込めて……。

「手品をするおじいさん」とは、このように愛すべきおじいさんなのである。


(文責:群馬直美/2014年)

※2014年のアトリエ展の際、葉画家の群馬直美さんが限定200部で配布した冊子より


コンコンコン。アトリエの部屋をノックすると、「さあ、さあ。立ち話もなんですから。どうぞ、どうぞ。お入りください、コーヒーとお茶、どちらがいいですか?」と、とびっきり気さくに出迎えてくださった家具職人の山上一郎さん。「ぼくの作る空間にはデッドスペースって無いんですよ。」とおっしゃるとおり、アトリエというよりも、まるで雑誌の特集に出てくるような収納上手な書斎でした。

山上さんが石田倉庫にアトリエを構えたのは2000年の2月。前職はマスコミで、テレビ番組の制作をなさっていたサラリーマンだったそうです。「当時住んでいた家が狭くて、家に合う棚を作っていたら無性に面白くって夢中になって。夏休みに家具職人さんたちの話を聞きに行ったら、どの人も『家具職人は食えないからやめろ。』って言うんですよ。そして、最後に必ずみなさんこう言うんです。『でも、楽しい』って。そんなに楽しいって思える仕事、素敵じゃないですか。」そして、28歳で転職。職業訓練校や家具屋で修行を積み、「家具工房 木とり」を構えました。

No.5の2階が山上さんの事務所、1階が作業のできる工房になっています

「お客様とのやりとりは、なぞ解きみたいでね。この先5年、10年の人生の話とか。ほら、子どもが生まれて、育って、いつか独り立ちしたりすると、空間の使い方も変わって行くでしょう。だから、お客様の話を聞いて、聞いて。それから、たくさん話して、話して。断片情報を取り入れて、自分の中に入れてガラガラポン!って形にするんです。これが楽しくて。お客様に喜んで頂けて、自分も楽しいなんて、いい仕事をさせて頂いてるなって思います。」

横浜(上)と小金井(下)の中古住宅リノベーション例 (左:施工前 右:施工後)

さて、何を隠そう、この山上一郎さんこそアトリエ展の言い出しっぺです。
「家具が作りたくて石田倉庫に工房を構えたものの、すぐにたくさん仕事が入ってくるとは限りません。また、展覧会を開くと家具の在庫が溜まっていくので、在庫展を開きたいなあと思って。ちょうどアトリエの前に来る人来る人お茶にさそって話を聞いてみたら、入居者のみなさんが面白い人ばかりだったので、みなさんのアトリエを公開しつつ、在庫展を開いたら面白いんじゃないかと思い、持ちかけてみました。2005年のことでした。」入居者のみなさんも、これまではお互いに誰がどの部屋で何をしているのか全く知らず、このアトリエ展がきっかけで横のつながりもできたとか。

2011年のアトリエ展では、木とり、立川のオリオン書房、TACHIKAWA BARU とで
BOOKS&BAR「とんがり書房」をコラボレーション

「アトリエ展をやることで、自分たちも横のつながりができ、さらに、地域とのつながりもできていきました。2011年には、『こんな本屋さんがあったらいいなぁ』から始まって、地元のオリオン書房さんと、TACHIKAWA BARUさんと一緒に、1階の工房をBOOKS & BARにしました。オリオン書房さんはイベントのために、“とんがった”1,300冊の本を仕入れてくださいました。アトリエ展のコンセプト“落書き”に合わせて、本棚やブースの壁は黒板にして、チョークで落書きできるようにしたりして。これが大成功で、ルミネの30周年でも屋上庭園で開催したんですよ。」

本棚にはテレビマン時代にお世話になった島田紳助さんから頂いた色紙が。
「夢の最高の喜びは、結果ではなくプロセスです」

「ぼくの仕事は、高級な“オーダーメイド”と安価な“量産”の間にあるんですね。部屋をリノベーションしたくても誰に頼んだらいいか分からないでしょう。そんな人がぼくのところにいらっしゃるんです。お店を持っているわけではないので、これまで15年の家具をご覧になって、口コミで来てくださるという、いいお客様に恵まれているんだと思います。テーブルや椅子、ついたてから始まって、新築まで請け負うようになりました。もちろん、ぼくは建築士ではないので、いくつもパターンを作ってお客様とやりとりをし、設計は建築士さんに頼んでいるのですが、そういった信頼のおける設計士さんや職人さんとの関係もこの15年で培ってきました。新築まで来たので、いつか街を作りたいなと思っててね。これが今のぼくの夢というか、野望なんですよ」と、最後にそうおっしゃいました。

山上さんのガラガラポン!で出来る街。想像するだけでもワクワクしてきますね。
事例もたくさんの木とりのHPはこちら(http://www.kitori.jp
(文責:小林未央)

- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - -
チャイとホットワインのお店と、在庫展を開催。






茂井健司さんのアトリエの中にはぐるりと、大きなガラス、ベニヤ板、ダンボール、それから人形の段ボールが壁に立てかかっています。どんな作品を作っている方なのでしょうか。一番奥の隙間から顔を出しているのが、茂井さん。石田倉庫にアトリエを構えて26年の現代美術家です。

茂井さんは、ある「場所」とそこに立つ「人」との間、その間にある「つながり」や「コミュニケーション」をテーマに、ガラスや鏡など「写す」「映す」「移す」素材を用い、インスタレーションやワークショップなどを行っています。
「内側と外側、そして境界に興味があるんですよね。作品づくりは、その展覧会の行われる場所で行います。まずはじめに、作る場所を歩く。歩いているうちに、自分のやりたいことが見つかる。例えば水と縁のある場所なら水を使おう、廃材があるなら廃材を使おう、くぼんでいるならくぼみに穴をあけようという具合に。そこからイメージを固め、形にしていくんです。」

「透家」2013.9.20 at Gallery Nakamura
山梨県山梨市にあるギャラリーナカムラでは、「その水は果てまで流れ、わが体内にも流れる」をコンセプトに —写し、映し、移す— をテーマとしたガラスの家「透家」を制作しました。実はこのギャラリーの蔵の下には、水路が流れているとのことで、作品も床下に水がたゆたうガラスの家に。展覧会では、サク­ソフォーホン奏者、雨宮雄貴氏とのコラボレーションイベントもありました。サクスフォーンの音色と、演奏者の揺らぎに合わせて、蔵の壁や天井に水面がキラキラと映し出され、蔵の中にありながら、水を感じる展示となったそうです。(この様子はYouTubeでもご覧頂けます。https://www.youtube.com/watch?v=SAaprIB9VJA

「mine ― 高く・低く・遠くへ・近くへ ―」
フルマチ・アートスタジオ 2014.10.26-11.30
さらに、茂井さんの作品は、人と空間、空間と地域へとつながっていきます。
新潟市中央区にある空き店舗を活用したアート・コミュニティスペース「フルマチ・アートスタジオ」では、1ヶ月にわたる水と光を用いたガラスと鏡の構造体の公開制作と、「色あそび・色のひろがり・いろ色」をテーマにしたワークショップを展開しました。
ワークショップでは、子どもたちが実際に商店街のお店に行き、お店の色をイメージ、各店舗のロゴやマークを建物の形をしたオブジェに着色。最後に、公開制作制作したガラスと鏡の構造体の上に、そのオブジェを並べました。作品の上を歩いたり、下に入って見上げることのできる構造物。水との関わり、水への思いを馳せ、この場所にふさわしい表現を体感。まさに、地域と人と一体となって作り上げた作品となりました。

「森の人に大変身!」立川文化芸術のまちづくり協議会
ワークショップ×ワークショップ 
2014.08.05 at 立川市子ども未来センター
(写真:立川文化芸術のまちづくり協議会)
最近は、アトリエのある地元立川市でも、立川市子ども未来センターや昭和記念公園などで、親子向けのワークショップを行っている茂井さん。2014年開催の立川文化芸術のまちづくり協議会主催の「ワークショップ×ワークショップ」では、「森の人に大変身!」と題し、段ボールに君の型を抜き取って、色をつけて森の人に変身しよう!というワークショップを行いました。ちなみに、この「ワークショップ×ワークショップ」、今年は10月31日(土)開催(茂井さんは企画運営者として参加)、詳細はこちらをどうぞ。http://www.t-fes.com

2014年のアトリエ展出品作品

去年のアトリエ展では、茂井さんのアトリエには、鏡に無限の自分も映りつつ、鏡越しに相手が見え、映り込み混じり合う不思議な部屋が出現しました。
さて、今年は?とお聞きすると、「今年は部屋を真っ暗にして懐中電灯を持って入るような感じで…。自分自身も自分の創る作品に対して未知の状態なんですが…。そうですね、乞うご期待!って、書いてください(笑)」とのお返事が。百聞は一見にしかず。ぜひ、アトリエ展で体感しましょう!


(文責:小林未央)



- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - -
アトリエが鏡とガラスを使ったお化け屋敷になりました。










日曜日の朝11:00。赤ビル1階にあるpotters-studioにお邪魔すると、陶芸教室の生徒さんたちがアトリエ展出品に向けての作品づくりをなさっていました。淹れたてのコーヒーにおみやげのクッキーをほおばりつつ、手は休めずに時々おしゃべりしながら制作を楽しむ、穏やかな日曜日の午前のひととき。このアットホームな教室の中心にいらっしゃるのが、陶芸家の鈴木佳世さんです。

佳世さんは、石田倉庫にアトリエを構えてから13年。陶芸家になる前は、建築設計事務所でOLをなさっていたそうです。24歳でOLを辞め、自宅に窯まで構えて本格的に陶芸をなさっていたお父様の影響もあり、茨城県笠間焼きの村へ。窯元での修行を経て、2003年独立しました。

[左上]COYA(コヤ)シリーズ [右上]OKAYO(おかよさん)
[左下]animal(動物)シリーズ[右下]マグカップ

暮らしの中で寄り添うように佇む佳世さんの作品。見ているだけでホッと、心がまるくなります。
「その都度、形やテーマを変えて作っています。オブジェに家や教会が多いのは、建築事務所で働いていたこともあるのかな。でも、陶芸家としての活動の軸は、コーヒーカップやポットなど、毎日の暮らしの中で使うことのできる陶器です。制作して、販売して、みなさんの家の暮らしの中で使って頂きたいから。」


N夫妻の肖像 2015

「この作品は、樹木葬をしたご両親をいつもそばに感じていることのできる、心の拠り所を作って欲しいという、友人からの依頼で作ったものです。生前のご両親の人となりをお聞きし、結婚当初と晩年の写真をもとに、お二人が一番幸せだったときを想像して形にしました。椅子の中に分骨を納めるようになっています。とっても喜んで頂けて。わたしも作らせて頂けて本当に嬉しかったです。」

子ども陶芸てこねりのひとコマ。坂野ちえさんの手遊びから始まります

出張陶芸教室として、保育園や老人ホームへも行くという佳世さん。保育園での制作がきっかけで、アトリエでも子ども対象の「子ども陶芸てこねり」も始めました。始めるにあたってお声がけしたのが、わらべうたの坂野ちえさんとPate A Chouの藤田曜功さん。教室の窓口や作品の受け渡しなどはお店のノウハウを持つ曜功さんが。子どもたちの緊張をほぐし、リラックスさせるのがちえさんの担当です。わらべうたや手遊びから始まり、仲良く打ち解けたところで、制作へ。制作に疲れたら、いつでもちえさんと遊んで気分転換できるようにと、飽きっぽいこどもたちへの配慮もあります。「時間内に決められた課題をやるのではなく、もっと自由に陶芸を楽しんで欲しいと思って。でも、子どもたちとの時間は、わたしたち大人のほうがいつも楽しませてもらっているんですよ。」

「大人向けの教室では、生徒さんが作りたい物を作れるように、それを作るにはこういう方法があるよ、というのをお伝えするようにしています。人に教えるという場を作ると、一度に色んなことができるんです。それぞれの“こんなものが作りたい”という要望に応えることで、私自身も一緒に色々なパターンを体験できる楽しさもあるんですよ。」



とにかく明るく朗らかな佳世さん。もっと作品をご覧になりたい方、陶芸教室にご興味のある方は、ぜひホームページをご覧ください。アトリエ展で並ぶ教室の生徒さんたちの作品も楽しみですね。

佳世さんのホームページはこちら(http://www.potters-studio.com)。



石田倉庫のアトリエ展には、第一回目から参加の宮坂省吾さん。美術短大の非常勤講師や、美術の教材制作の仕事をしながら、染色と木、樹脂、糸など様々な素材と組み合わせたミクストメディアによる作品づくりを行っています。

「3歳くらいのころから落書きをするのが好きで、裏が白い広告のチラシを集めて、こっそりたくさん落書きをしていました。人に見せるというよりも、好きなもの、欲しい物を描いて。ただ描いて形にするのが楽しかったんですね。ある時、その落書きをあるとき人に見せたら、アニメのキャラクターとかを描いて欲しいとリクエストをもらうようになって。描いて人に喜んでもらえるという体験が、いまの自分の原点なのかもしれません。」
「atmosphere 2014 - 001」(2014)400×800×35mm/布、染料、木、樹脂
[左]「空の断片 2011」布、染料、木、樹脂/1900×1600×35mm
[右]「空模様 002 "the look of the sky"」250×250×250mm
布、染料、木、樹脂、糸、(針金)

北海道出身の宮坂さん。作品を通して伝えたいものは「空気感のようなもの」なのだそう。「空は地球上どこでも1つですよね。北海道にいたころの空は、とても広かったのが、東京へ来て空が狭いことに気がつきました。でも、都会でも人の暮らしているスペースのふとしたところに、実はいつも自然はあるんですよね。」
作品づくりでは、まず全体のイメージを決めてから、イメージに合わせて布を染色。にじませたり、色を組み合わせたりして並べた布を、木の板に貼り、糸でつなぎ合わせて画面を構成し、ポリエステルやアクリルの樹脂を塗って完成させるそう。



「上の空」(部分)(2010)200×200×38mm
布、染料、木、樹脂

作品を間近で見ると、布の端のフリンジが樹脂の中で、たゆたうままの状態で固まっていたり、織りの違う布を浸透した樹脂が透明感を与えて、何とも言えない浮遊感やみずみずしさを感じます。

「作品は、国や場所は特定せず、見る人の経験や記憶、そのときの感情にゆだねています。たとえば、モチーフで使っている単なる幾何学の“円”も、それぞれ見る人の想像で、太陽や月、あるいは地球など、自然の象徴として感じていただけたら。」

2014.9.6〜10.19 CONTEMPORARY ART FROM JAPAN part II in SWEDEN
展示の様子

宮坂さんは作品づくりのほかに、日本とスカンジナビア周辺諸国のコンテンポラリーアートを軸にした芸術交流を行う「EAJAS(http://eajas.com/home.html)」や、垣根を越えた様々なジャンルの作家を迎えた展覧会を企画するグループ「SQUARE 染 textile(http://textile-sq.com)」にも参加。
これらの活動は、「異なった素材が融合したときに醸し出す表情」や「新たな素材やメディア」も同時に模索しているという宮坂さん自身の制作ともクロスしています。

2013年のオープンアトリエでは、
金工作家の高井吉一さんとのコラボレーション作品を展示

宮坂さんの作品から見えるあなたの「空」は、どんな空でしょうか。宮坂さんのアトリエは駐車場の前、No.5の2階です。今年はどんなオープンアトリエになるか、どうぞお楽しみに!


宮坂さんのHP
http://www.miyasaka-shogo.com/index.html


(文責:小林未央)



- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - - 








赤いドアが並ぶ通称「スロープ下」の手前から2番、S-2がtonoharunaさんのアトリエ。部屋の中から聞こえる音楽に耳を傾けながらドアを開けると、印象派の色使いを彷彿とさせる抽象画、彼女のお気に入りのモノたちが並ぶディスプレイ、そしてご本人含めて、まるで1つの作品のような空気感が漂っていました。



黒板に描かれたメニューボードを見ながら「何か飲みませんか?」とすすめてくださったtonoharunaさん。この飾り棚は、自分で作ったのだそうです。まるで小さなカフェのようなかわいいディスプレイも素敵です。
tonoharunaさんがこのアトリエに入居したのは2015年の春。子どもの頃から絵が好きで、少女漫画のような女の子ばかりを描いていたそう。風景画と出逢ったのは高校の頃。写生をして、物をじっくり見るという習慣が身に付くようになり、山、野原、花、庭、自然の持つ線や、空間の美しさに気がついたのだとか。抽象画を始めたのは20代になってから。

「無題」F100号/キャンバスに油彩
絵を描くときは、「自然や日常にあふれるものから色彩や色の組合せで印象に残ったものを、日々自分の中にインプットしていって。それらをキャンバスを前にふんわりイメージして、整理しながらぼんやりと形にして。そして、色を置きながら、画面と相談して作品を作り上げていく感じ。」なのだそう。
彼女の作品の華やかでありながら不思議と心が落ち着く色使いには、テキスタイルとして身に纏ってみたくなるような、居心地の良さもあります。



そして、今年の「石田倉庫のアートな二日間」のパンフレットのデザインもtonoharunaさんによるもの。とにかく「物を作ることが好き」という彼女は、抽象画を制作の柱としながら、雑貨、アクセサリー、ペーパーアイテム、zine(雑誌)、そして漫画制作なども手がけています。

「そうそう。今、かかっている音楽の『雨のパレード』(http://amenoparade.com
というアートロックバンドにもペインターとして参加しているんですよ。」と、CDアルバムも見せてくださいました。アルバムのコンセプトやテーマ、音楽のイメージに合わせて、イラストを描いているとのこと。

tonoharunaさんがイラストを担当した「雨のパレード」のアルバムジャケット

「今後は屏風やふすま絵など「和」との融合にも挑戦したいんです。」と楽しそうに話すtonoharunaさん。容姿、作品の雰囲気から、思わず「tono(殿)というより、hime(姫)みたいなかたですね」と言うと、「そう言って最初はhimeって呼んでた人も、付き合いが長くなると、tonoに戻っちゃうんです。」といたずらっぽく笑った顔が印象的でした。

今後の活動も気になるtonoharuna world、ぜひアトリエ展でご堪能くださいね。

tonoharuna HP
http://tonoharuna.web.fc2.com/index.html/


(文責:小林未央)



- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - - 










1995年。現代美術家として作品を発表していた高井吉一さんは、展示後の作品置き場兼作業場として、この石田倉庫NO.3の1階を借りました。その当時作っていたのは、多摩川で拾った3,000本もの流木を床に並べていろいろな角度で見渡せるようにするという、とても大掛かりなインスタレーションで作品でした。

[左]「水中の森」(1994)Gallary Nikkoにて展示
[右]「記憶の森・記号の城 ―スウィート・ホーム」東京野外現代彫刻展出品

そして2015年。高井さんは同じアトリエで、オーダーメイドの鉄を中心とした金工造形の他、古美色と言われる伝統工芸の技法を施した金属製の鉛筆型ボールペン「TETZBO」シリーズの製作を行っています。大きなインスタレーション作品を作っていた作家さんがなぜ、今、小さなボールペンを作っているのか。気になりますよね。
[左]『チビエン』 [右]キャップ付き鉛筆型ボールペン『アルティメット』

「このTETZBOシリーズを作るようになったのは、ここ3年くらいかな。これから先、体力的にも大きいものを造ることが難しくなるだろうって思ってね。ちゃんと自分に向き合えて、人と思いを共有出来るようなもの、自分にしかできないこと…って何だろうって思って。」機能だけじゃなくて、きちんと心に残るもの。
「ちびた鉛筆って、何故か捨てられないんですよ。もしかしたら、『チビエン』は記憶や思いの扉を開ける鍵のようなものかもしれない…と思ったんです。しかも、万人に共通のmaster key…」

そして、蔵前の文具店「カキモリ」の店主広瀬さんとの出会いもあり、改良を重ね、小さくても手に馴染んでなめらかな書き味のボールペンが誕生しました。

「僕は文房具のマニアでもないし、まして専門家ではないから、形は出来ても製品として成立するための基本的な知識がなくて…。そこで、広瀬さんに専門家としてのアドバイスを戴き、なんとか製品として形になりました。」


[上]立川 富士見保育園 スライド式門扉全景
[左下]ステンレスを叩いて作った留め金にもTETZBOの刻印。
[右下]手描きでおこしたイメージ画
オーダーメイドの作品として、最近納品したのが、この富士見台保育園の門扉です。園長先生からのオーダーは、「高井さんの好きにやってください」というもの。高井さんは、「この保育園で育ったことが誇りになるようなものにしたい」と、手で一からイメージ画を描きおこしたそう。色とりどりのかわいいガラスがはめこんである夢がいっぱいの町並みは、子どもたちの毎日の登園を楽しく演出してくれそうです。



最後に、ポートレートを撮らせて頂こうとしたら、ちょっと照れくさそうにポーズを取ってくださった高井さん。「僕ね。器用なんですよ。悪い意味で…。これしか出来ないというものはなくて、不幸なことにこれまで、大概のことはあまり苦労せずに無難にこなして来た…だから何も出来ていない。それで60歳越えてから、もう少し自分にちゃんと向き合ってやらなくちゃいけないのかなって思って。ほんの少し真面目に生きて行こうと思ってね。今まではそのことが出来ていなかった。自分にとっての正義って何だろう。いい年してこんなこと言うのも何だけど、近頃はそう思う。」

高井さんの遊び心と職人としての粋な技が詰まったTETZBOシリーズは、アトリエ展でも展示販売予定です。

高井さんのHP(http://tetzbo.zero-yen.com
TETZBOの取扱店「カキモリ」のHP(http://www.kakimori.com
(文責:小林未央)
- - - - - - - - - - - - -<追記>2015年 アトリエ展の様子- - - - - - - - - - - - - 
一ご自身の作品展示と併せて、奥様のジュエリーの展示もありました
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